昨日、息子が18歳の誕生日を迎えた。フランスでは18歳が成人なので、私の子育ては1つの節目を迎えたことになる。
その18歳の誕生日の午前中、私たち家族は、東京大学の理学部のとある物理学者の研究室で一緒にお弁当を食べていた。
この方とは、フランスで出会い、息子がお腹にいる頃から友達である。(門外漢なのでよくわからないけど、物理界の超エリートなので、勝手に友達呼ばわりしていいのかはわからない)彼とは、フランスで出会った。彼が、CERN(欧州原子核研究機構)に研究に来ていて、奥さんと私がママ友になったところから家族ぐるみの付き合いが始まった。しばらくご無沙汰していたんだけれども、高三で進路をあれこれ考えている息子の姿を見ていて、ピンと浮かび上がってきたのがこの方だった。
進路というのは、自分で選び取っていくしかないものだけれども、親としてできることは、
いろいろな人に出会わせてあげること
かなぁと常々思っている。そんなことをぼんやり考えているところに、ママ友の奥さんの方から、久しぶりにメールをいただき、おお!これはと思って、設定にこぎつけた昼食会だっだ。
息子はあまり思ったことを言語化するのが得意ではないし、そもそもこういう出会いは、劇的に何か変わるというものではないけど… .
とにかく物理って楽しんだよ!
高校生の時に物理学者の生活って楽しそう!と思ってこの道に進んだんだけど、思い描いた通りの楽しい人生!
と言う彼の姿にきっと感じる事はあったに違いない。少なくとも人生折り返し地点にいる私は大いに感化され、彼に影響与えたという本
ご冗談でしょう ファインマンさん(岩波現代文庫 社会 6)
帰りの電車で早速ポチして、今は届くのを待っている。
私も、思春期ならぬ、思秋期だから!後半戦の人生を考えるヒントをもらえるのではないかとワクワク!
実は彼は「息子の命の恩人」でも!
ということで、色々と偶然が重なり、今回お会いできることになったのだけれども、個人的には、密かに息子の18歳の誕生日に彼に再会した事ことに運命的なものを感じていた。
「命の恩人」とまで言ったら、ちょっと大げさかもしれないけれども、私の妊婦生活は、彼のおかげでとても穏やかに過ごせたからだ。それは、彼の全く知らないところでなんだけど。
息子は、スイスで生まれたのだけれども、妊娠期間中、私はフランスの産婦人科医にお世話になっていた。妊娠初期の頃、血液検査をして、1週間後位のことだ。突然この産婦人科医から電話をかかってきて、
「至急お話ししたいことがあるので、できるだけ早くアポイントメントを取って、旦那さんと一緒に来てください。」
と言われた。こんな電話が良いことのはずがないので、ただでさえナーバスな妊婦の私も怯えたのは言うまでもない。
それで慌てて予約を取って言われた事は、
「血液検査の結果、お腹の赤ちゃんはダウン症の可能性が標準より高いから、羊水検査を受けることをお勧めします。」
だった。こういう検査がある事は知っていたけれども、特に受けるつもりもなかった。なので、なんでこんなことを言われるのかがまずわからなかった。(後から分かったことだけど、血液検査にその項目も入っていて、私はそれに同意したことになっていた。)でも、数値を見せられ、この確率でダウン症の可能性があると言われ、文字通り動揺した。しかも、
胎児の安全性
ダウン症と確定した時、堕胎をできるタイムリミット
を考えると、時間の猶予は無いので、今、決断してくださいと言う。続けて、数値が高いから、この検査費用は、保険が全額払ってくれること、お腹に針を刺すので、わずかではあるけれども、これが引き金となって、流産する可能性もあることを淡々と話された。
頭が混乱していたけれども、努めて冷静に考えて、
「ダウン症ということが早くわかって何かできる事はありますか?」
と聞いた。「ないです」の返事。
「だとしたら、わかったときに堕胎するという意思がないのであれば、この検査をする意味はないということで良いですか?
「まぁ、そうですね。」
「障害があろうとなかろうと私の子ですから、障害があるという理由で堕胎はしません。なので、検査は受けません」
「分りました。そしたら、私は医師として説明責任を果たした。それでもあなたが検査を受けないと決断したということで、ここにサインしてもらえますか」
とのやりとりの後、母子手帳にサインして診察室を出た。
当時がそんなにフランス語を話せたわけではないので、どうやってこんなやりとりをしたのか、隣の夫が通訳したのかなどと今になっては思うのだけども、こういうときの意思疎通というのは、言葉の問題では無いのかもしれない。横にいた夫は「君の意思を尊重する」と言い、医者も「確かに、これは母親の意思を尊重した方がいい」などと言っていたのを覚えている。
そんなわけで検査は受けなかったんだけども、数字というのは恐ろしいもので、「この確率で!」と言われると、普段宝くじなどは絶対当たらないとは思ってる私も、当然不安になった。いろんな気持ちがないまぜになって、「そもそもこんなテスト受けたいとは言ってないのに、勝手」にとか、「あんな機械的に説明してサインまでさせて」とか、医者は何も悪くないとわかっていても、気持ちのぶつけどころがなくてモヤモヤしていた。
そして、このモヤモヤを抱えたまま9ヶ月も過ごす事はとても辛いと思った私は、お姉さんママ友(この物理学者の奥さん)に打ち明けたのだった。
「あ、陽水検査ね。私は、高齢出産の域に入っていたから、当然のように勧められたよ。ちょっと迷ったけど、M(物理学者)がね、『お腹にいる時位、そっとしといてあげよ。』と言ってくれて、受けなかった。その時、この人と結婚してよかったって思ったよ。」
という話をしてくれた。
この話は私の中にストンと落ちて、一気にモヤモヤとした気持ちが晴れ、
母親としてどんなことがあっても、この子の良いことも悪いことも引き受けよう
と、覚悟は決まったのだった。その後は本当に生まれるまで、一切このことを考えず、心穏やかな妊婦生活を送れたのだ。
というわけで、「命の恩人」まで言うのはちょっと大げさだけど、個人的にはこのご夫婦にはとても感謝してるのだ。
そして、実際には、息子は、元気に生まれてきて、我が子3人の中でも最も手がかからず、すくすく大きくなった。
その18歳の誕生日、彼に会えてよかったなとつくづく思う。私も息子も、いろんな素晴らしい人、温かい人に支えられて迎えられた18歳なのだから。
息子にはまだこのことは話していないのだけど、
感謝の気持ちを忘れずに大海に乗り出して欲しい
という思いを込めて旅立ちのときに手紙にしたためたいと思う。
18歳の誕生日プレゼントは?
今は受験真っ只中の息子、大学では日本を離れる事は確実に決まっているので、旅立ちももうすぐそこだ。誕生日プレゼントは長女の時と一緒で、包丁と決めてあったが、本人も「僕にも包丁ちょうだいね。」言っていた。
なんで包丁かというのは前に書いたので、興味がある方は、この記事で。
https://jf-bilingual.com/bilingual-ikuji/post-1647/
長女の時は、手作りレシピブックも一緒にあげたんだけど、自炊の習慣がついていなくて、あまり積極的に自炊してないみたい(涙)なるほど、道具だけではダメなんだと思って、この1年は意識して、息子に料理を教えたり、1週間に1度は食事作りを担当してもらったりしている。
意外と、料理のセンスがあって、私が作らないようなものを彩りよく作ってくれて助かっている。



話は外れるが、下の写真は、「今日の夜バイトが入ったから、当番分の夜ご飯を作っておいたよ!」と今年1年だけ日本に留学中の長女のゴルゴンゾーラのパスタ。
家に帰ったら、すごい匂いが充満していたので驚いた。そもそも、パスタって作り置きするものではないんだけどなぁ。しかも、野菜ゼロ!
まあ、何事も親が思った通りには行きません。それが子育ての面白さかもしれない。
