ファシリテーターを務める、マルチリンガル漢字指導法研究会。もうすぐ7周年を迎える。アメリカから日本に国際引っ越しをする最中に声を上げた研究会だ。その後、3人の子育てとインターナショナルスクールでの仕事が始まり……と忙しい中でも、とにかく続けてきた。
私にとっては「研究会での学び」と「学校での実践」は車の両輪のようなもの。研究会で得たヒントを自分の学校の授業で実践に移し、そこで得た知見をまた研究会で提案し、深める。そんな形で進んできた7年間だった。
「辞めたいと思ったことはないの?」とか
「漢字という狭いテーマだけで、よくまあ7年間も、しかも有料で続けてこられたね」
などと言われることが最近よくある。
それで、なぜ私はこんなにも研究会に夢中になっていたのか、ちょっと振り返ってみた。
日本の公立学校勤務で最も恋しかったもの
日本の公立学校で教員をしていた時期がある。そこでは「校内研究」というものをやっていた。研修担当の先生が中心となって毎年テーマを決め、それに沿った授業を各先生が展開する。お互いの授業を見合い、大学の先生や教育委員会の指導主事なども参加して、放課後にみんなでああだこうだと言い合う会だった。
大学を出たてで、知らないことだらけでも、4月からは全教科を受け持ち、一人前の教師として教えなければならない。正直、結構つらかった。でも、この校内研究会で他の先生のクラスを見せてもらい、教室掲示や子どもへの指示の出し方、授業での立ち位置、板書の仕方、ノート指導の仕方などを見よう見まねで習得させてもらい、何とか乗り切れたのだと思う。
自分の授業を見せるのはもちろん緊張した。でも若いのだから失うものもない。放課後の交流会で講評をいただく中で、授業のねらいの定め方、各教科の系統性や指導書の上手な使い方などを学んだ。何よりも、職員室で机を並べ、仰ぎ見ているベテランの先生ですら、毎回何かを学んでいる様子を見せてもらえたことが、とても刺激になったのを覚えている。
教師って、ただ知っていることを伝えるのではなくて、学び続けるものなんだ、と。
さらに、私が勤めていた学区では、放課後に有志で作る各教科の研究会もあった。極めたい教科の研究会に会費を払って参加していたのを覚えている。こちらはその教科を極めた大御所が大抵いらして、各自が授業実践を持ち寄って話し合い、最後にその先生からコメントをもらう、という形が多かった。
校内研究は「義務」として嫌々参加している教師も多い。でもこちらは、お金を払って放課後や週末にわざわざ集まっている人たちだ。やる気に満ちていて、さらに楽しかった。
でも、夫の仕事の関係で、途中で公立学校勤務を強制終了せざるを得なかった。日本の公立学校のシステムの中で一番好きだったこと――それはこの「研究会」システムだった。今でも、この仕組みが日本の公立学校の高いクオリティーを支えていると思っている。
誰もが対等に発言できる研究会
でも、苦い思い出もある。海外から再び日本に戻り、念願の公立学校勤務に復帰したときだ。
国語を極めたいと思っていたものの、その当時は盲学校勤務で、教科の研究会とは縁のない世界にいた。そこで教育センターのようなところに出向き、ようやく探し当てて参加した国語の有志の研究会。初参加のときのことだ。
有志なのでメンバーは固定化している。そこに初めての私が飛び込んできたのだから、相手も面食らったかもしれない。
中の一人にちょっと……と隅に呼ばれ、
「あなた、どこのどなた? 誰の紹介?」
とぶっきらぼうに聞かれた。
「教員であれば誰でも参加できる」と言われていたものの、ただでさえアウェイ感で押しつぶされそうなときだったので、かなり衝撃を受けた。でも、学びたい気持ちの方が勝って、しばらくは通わせてもらっていた。
誰もが居心地の悪さを感じず、ふらっと立ち寄れる。そんな研究会だったらいいのに、と強く思った。
学んだことはたくさんあった。でも、大御所の言うことが結局は正解、という空気があり、私のようなペーペーにも発言は求められるものの、あまり相手にされない。そこが少し残念だった。時代は変わっているし、国語以外の教科の視点から学べることもあるのに、と生意気にも思っていた。
もっと、
サラダボウルのように違うものがごちゃごちゃと混ざり合い、
それぞれの持ち味を活かしつつ、新しいものを創り出す
そんな研究会がいいのに。
そのためには、年齢や経験に関係なく、自由に対等に発言できる場でなければならない、と思っていた。
でもその後も夫の仕事の関係で国境をまたいで移動を続けることになり、泣く泣くそれらの研究会ともお別れすることになった。
真剣に取り組むには身銭を切る必要あり
「やりかけては自分の意思と反して強制終了」の仕事人生。
「何かに集中して取り組んでいる最中に強制的に中断される」子育てのステージ。
少し鬱状態になりかけていた。
ちょうど夫の赴任地がアメリカだった頃。子どもたちは英語を学ばなければならないし、私は新しい生活に慣れるのに四苦八苦していた。
そんなとき、小5の息子がついに
「もう漢字はやだ! やってもやっても覚えきれないし、意味がない」
とNO!を突きつけた。
母語である日本語とフランス語を読み書きできるように育てる。それだけはぶれずにやってきたつもりだった。だからこそ、足元から突き崩されたような気分だった。
でもピンチはチャンス!
アメリカのすごいところは、そう思わせる空気に満ちていることかもしれない。
ずっと後ろ髪を引かれる思いで去ってきた数々の研究会。
去らなくていい形で作ればいい!
そう思った。
それで作ったのが、オンラインで誰もが参加できるマルチリンガル漢字指導法研究会だ。
アメリカで学んだことの一つ、「有料」にして自分も相手もコミットするという考えも取り入れた。お金をもらうことには最初とても抵抗があった。でも結論から言うと、これは大正解だったと思う。
自分も参加者も真剣に取り組むようになったし、なんとなくの人はきっちり辞めてくれる。とてもいい場ができた。それに、リアル参加できない人のために動画を作って格納したり、さまざまなメンバーを集めるために広告を出したりするには、実際に費用がかかる。
「集合知」からシナジーを生む研究会へ
この研究会は、最初はみんなが困りごとを話すところから始まった。それが「集合知」になり、そこからいろいろな指導法を編み出すシナジー生む研究会になった、と自分では思っている。いろいろなことをぎちぎちに決めず、ゆるくつながりながら、それでもしっかり進んでいく。
そんなこの研究会の雰囲気が、私はとても気に入っている。
ファシリテーターなのだから、自分だけがいい気持ちでやっていてはいけない。この2年ほどは、新しい人が入りやすいように、キャッチアップしやすいようにといろいろ対策を練ってきた。でも正直、少し停滞気味かなとも感じている。
この先どんなふうに舵を切ればいいのか――そのモヤモヤが、この一年ずっと心の中にあった。
でもようやく、この1月に気持ちの整理がついた!
それは、次の記事で。