第3弾は、二つの言語の狭間で幼少期を過ごし「バイリンガル、バイカルチャー」になった子供たちがその後ぶつかる壁。
日本に帰国となった場合
① 同調圧力の強い社会での世渡り
これはもう言わずもがな…なのですが、その強さは日本国外に出た人にしかわからないと思う。とにかく、「異質」なものは、最初持ち上げられ、その後、徹底的に落とされる。
15歳になるうちの娘は、小3の途中まで日本の学校に通い、毎年夏、日本の学校に体験入学させていただいているのですが、悟っている(笑)
「仲間に無理に入ろうとしないこと。」
体験入学一年目はちやほやされまくり、2年目は消しゴムに「死ね」と書かれて帰ってきた経験などなど、もう、いちいち、傷ついてられないという感じかな。
②語学力維持の難しさ
最近でこそ、「英語保持教室」というのをお茶の水大学の教授が先頭になってやってくださっているようだし、大手予備校もやっているけど…既存の英語教室だと、現地帰りの子供たちにはレベルが合わない。フランス語の場合は、環境維持がもっと難しいのは想像がつく。
興味深かった話は、
「現地でシャワーのように浴びて自然の文脈の中で感覚的に語学を身に着けた子どもたちは、そのような環境を失ったらあっという間に語学力を失う」という話。
これはすごくうなずける話で、自分を振り返っても、
自分の言語をもとに文法などをしっかり学んだら、意外とそれ自体は忘れない。
でも、子どもたちの語学は、その知識がまだ言語化、頭の中で再構築されていない。言葉を発して、相手の反応を見ながら、自分の知識を微調整しながら学んでいる。その途中で、環境を失ってしまうと、語学力を失ってしまうのはうなずける。
それで、水田さんのおすすめは…
帰国後、読み書きの学習を続けること。
話す聞くの重要さに傾倒気味の最近の日本の英語教育の逆(笑)
③ 求められる力の違いに気づき、適応する
日本の教育は、
大量の正解と処理能力を求める=スケートで言えば、スピードスケート
アメリカの教育は、
思考力、表現力を求める=フィギュアスケート
と水田さんは表現されて、その通りだなと。フランスもフィギュア。
どっちがいいか悪いかはさておき、思春期に戻り、自分のこれまでの学習のコアになる価値観を180度転換を迫られるのは、子どもにとってすごい負担。
だって、最低限のルールとリンクを与えられ、あとは自由に自分を表現して!
といわれて練習してきた人が、いきなり0.1秒でも速い人が勝ち、用意ドン!といわれても、「え?なんで速く?」ってなっちゃう。逆もしかり。
かっこいい、楽していると言われる帰国子女は、水面下でこんな風に戦っているのだ!
次回は、長期滞在した場合のバイリンガルの壁について。
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