今年度も、勤務校である東京国際フランス学園のSIJ(日本語セクション)、いわゆる「イマージョンクラス」を受け持つことができた。日本式に言うと、小学校3、4年生を対象にしたクラスを2クラス教えた。この学年は、私がファシリテーターを務めるマルチリンガル漢字指導法研究会で、漢字のレベルを「ホップ」「ステップ」「ジャンプ」の3つの段階に分けている中の真ん中、「ステップ」にあたる学年である。ここで多くの子供たちが、その習得する漢字数と抽象性に耐えきれず、漢字嫌いになり、日本語学習そのものを諦めてしまう。だからこそ、なんとかそれを食い止め、この後も続く漢字学習の土台をさらに固めることが重要だと考えている。
今年の成功体験
①ミチムラ式で3年分のキャッチアップを実現
このイマージョンクラスは、国語が日本の同年代の子供たちとほぼ同じ進度で進むため、日本語力が非常に高い子供たちが集まっている。そこに、今年、「1年だけ」という条件で、フランスから入ってきた女の子がいた。9月の時点で1年生の漢字の読み書きがほとんどできなかったため、残念ながらこのクラスに入る要件を満たしていないとして最初は断った。しかし、どうしても1日だけ試してみたいという希望があったため、受け入れたところ、とても真面目で頭の良い子であることが分かった。
本人に「相当大変だけど、このクラスで1年間頑張る?」と尋ねたところ、はっきりと「やります」と言ったので、受け入れることにした。しかし、4年生の漢字を猛スピードでインプットしている横で、1〜3年生の漢字をキャッチアップするのは、至難の業。ミチムラ式をフル活用することにした。
まずは、「漢字は主に1、2年生の漢字の組み合わせであるため、この1、2年生の漢字を早く覚えないといけない」ことを本人伝え、漢字カードを渡し、使い方を教えた(この使い方についてはまた別の機会に記事にしたい)。そのほかに、私がやったことは、
時々、進捗状況を確かめたこと
4年生の漢字を教授している授業で、漢字を分解させる役に彼女を頻繁に指名
したくらいだ。例えば、辞の漢字を教える時に、「辞の漢字はややこしく見えるけど、1年生で習う漢字が4つ集まった『集まり漢字』だよ。さあ、4つ全部言えるかな?」という具合に。こうすることで、1年生の漢字を家庭学習でキャッチアップしている彼女の進捗状況を私が把握できたし、彼女にとっては復習にもなり、どうして、1、2年生の漢字を早くキャッチアップする必要があるのかを感覚として理解することができたと思う。
結論として、この子は、1年後、4年生の終了時にあたる7級の漢検のテストで半分の点をとった。半分と聞くと少ないように感じるかもしれないが、これまでの経験から言うと、普通に授業についてきている子供でも、漢検の初回テストでは半分程度しか取れない。つまり、彼女は、1年で見事に3年分のキャッチアップを果たし、4年生の漢字を習得したことになる。
もちろん、彼女は努力家で、本好きな頭脳明晰な子でもあった。しかし、合理的な教え方、部品の分解合成で記憶する、ミチムラ式が彼女を助けたのだと思う。
②リズム音読、やっぱり人気
今年もリズム音読を取り入れた。小野ふじ子先生の「ハワイ生まれ 漢字リズム音読法」を、私の生徒に合わせてアレンジしたものである。
このリズム音読の良さは、「漢字一字一字を覚えるというより、その漢字を使う語彙を増やすこと、語彙に適切な漢字を当てはめること(同音異義漢字が数多く出てくるため)」を楽しく音読しながら体得できる点にある。
今年も1年の最後には、漢検の過去問を子供たちにやらせたが、「読み」や「送り仮名」の部分では、どの子も満点に近い成績を修めており、リズム音読のおかげである。これは私の自己満足ではなく、子供たち自身が、テスト中に「リズム音読のおかげ!」と言ったり、小声で覚えたリズム音読を唱えたりているので、間違いない。
③注意せずに漢字を美しく書かせるテクニック
私は、バイリンガルを目指す子供たちにとって、漢字のとめ、はね、書き順などをあまり細かく指導していない。それよりも語彙を増やすことの方がずっと重要だと思っているからだ。特に3、4年生になれば、その方がはるかに重要である。しかし、あまりに字が雑になってしまう傾向があったため、少しだけ意識を高めるために、今年取り入れたことがある。
きれいな字には「はなまる」をつける。
「はなまる」を100個集めたら、くじを引ける。
たったそれだけ?と思われるかもしれないが、これが驚くほどの効果を発揮した。漢字の練習帳や漢字テストでは、みんな丁寧に書いてきた。ちなみに、くじを引いてもらえるのは消しゴムだけ…。これまではあまりに字が汚いと書き直しをさせていたが、これよりもはるかにこっちの方が効果があった。ムチより飴だ!
今年度の失敗体験
うまくいくことばかりではない。今年の失敗というよりも、来年への課題もある。
①ミチムラ式カードの良さをうまく保護者に伝えられなかった
ミチムラ式カードは私の手持ちのものを貸し出し、その使用法を説明した後、保護者には自分で購入するようにお願いしているが、この段階で別の漢字カードを購入してしまうケースが何件かあった。両方ともカード形式で、そちらの方が安価だからだ。確かに可愛らしく、子供の興味を引く要素はある。ただ、分解している単位が部品ではなく線であることが多いこと、部品の名前が統一されていないことがあって、これだと系統的に速く覚えることが困難になる。その辺りをうまく保護者に伝えられなかったと反省している。
②リズム音読がはまらない子のサポート
上述のとおり、リズム音読はほとんどの子供たちに人気があり効果を発揮したが、クラスにはどうしても苦手な子がいた。20個貯まると定期的に簡単な小テスト(聞き取り)を行っていたが、それがこの子たちには非常に苦痛な様子だった。すべての子供に合った指導というのもないので、途中でこの子たちにはテストを免除することにしたが、何かいい方法があったかな?と思案しているところだ。
③美しく書くことよりも大事なこと
はなまる効果のおかげで、子供たちの字は見違えるほどきれいになった。しかし残念なことに、3年生のクラスの年度末の漢検の過去問の結果はそれほど良くなかった。その原因を考えた結果、子供たちがきれいに書くことにエネルギーを注ぎすぎて、実際に使われる熟語についての意識が薄れていたのではないかと推察している。なので、来年度はその辺のバランスを取り直したい。
マルチリンガル漢字指導法研究会へのお誘い
さて、この記事は、今週末に行われるマルチリンガル漢字指導法研究会の定例会に向けて書いている。今月は座談会で「漢字指導に関するGood & New」をテーマに話すからだ。この機会に、きちんと今年度の振り返りをしておこうと思って書いている。
この研究会のおかげで、こんな風に定期的に振り返ったり、自分のやってきたことをまとめて発表したり、アドバイスやインスピレーションをもらったりして、一歩ずつ歩んで来れた。
この研究会は、主に海外で継承語として漢字指導を行っている保護者や指導者、漢字教材開発者が集まって、漢字の指導法について研究している会である。月に1度定例会があり、そこでメンバーが自分の実践を披露し、みんなで漢字の指導法について深めている。これまでは、指導法を究めることを主眼に置き、こじんまりとしたアットホームな研究会だったが、研究が深まってきたこともあり、仲間を増やし、どんどん発信していく方に舵を切ることにした。
ということで、この記事を読んで仲間になりたいと思った方、ウェルカムです。ぜひ下のリンクよりお申し込みください。
はじめは、みなさん、緊張する〜とおっしゃるのですが、勇気を出して、飛び込んでみて下さい。はじめは、研究会のビデオ視聴だけでも!
お試しに単発だけ参加というオプションもありますよ。
https://www.learnjapanonline.com/multilingual-kanji/